けんこう定期便 – 公益社団法人 日本鍼灸師会 https://www.harikyu.or.jp 国民の健康と福祉に寄与することを目指します。 Thu, 07 May 2020 04:16:32 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.1.4 https://www.harikyu.or.jp/wps89n/wp-content/uploads/2020/02/cropped-icon-32x32.png けんこう定期便 – 公益社団法人 日本鍼灸師会 https://www.harikyu.or.jp 32 32 No.27 人を変えるのは素直な心 https://www.harikyu.or.jp/acupuncture/health-027/ Sat, 02 May 2020 15:39:30 +0000 https://www.harikyu.or.jp/wps89n/?post_type=service&p=5027 投稿 No.27 人を変えるのは素直な心公益社団法人 日本鍼灸師会 に最初に表示されました。

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陸上(障がい者スポーツ)選手:春田純氏 (プロフィールはこちら)
「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会」への出場に向けトレーニングを重ねる陸上(障がい者スポーツ)選手 春田純さんは、その練習と会社員としてのお仕事を両立させるかたわら、ご自身の経験から得た考え方や生き方を伝える講演活動なども行っています。
今回、活動拠点のひとつでもある静岡県内の陸上競技場で、日々のトレーニング方法や体との付き合い方、「東京2020パラリンピック競技大会」への思いをうかがいました。
「東京2020パラリンピック競技大会」に向けて、どのようなトレーニングをされているのでしょうか?
健常者用のメニューと同じトレーニングをしています。軽いジョギングから始めて、体を温めた後、ドリルと呼ばれる陸上競技のための準備運動を40分間、それからランニング練習を約2時間行います。ランニング練習では、スタートダッシュの練習をした後、100m、120m、150m、200mと距離を伸ばしながら最長400mまで、それぞれ1本か2本走り込みます。この練習メニューを週に3~4回行って、その間にジムでウェイトトレーニングをしています。
トレーニングはお仕事の後にされているのですか?
帰宅後、18時から21時までの3時間やっています。地元が静岡県清水区なので、清水総合運動場か草薙総合運動場を利用しています。
会社が休みの日曜日もイベントや講演活動をしているので、“陸上”に関わらない日というのはないんですよ。
40代になって感じた体の変化や、これまでと変えたトレーニング方法はありますか?
今年で42歳になりますが、トップアスリートの中では最年長組なんです。回復するのに時間がかかるようになりましたね。100m走って歩いてスタート地点へ戻ってまた走る、これをウォークバックといいますが、以前は10本できたのが今は7本くらい。そして、1本走った後、次に走り始めるまで20代の頃よりインターバルを長く取るようになりました。
また、若い頃は1本を8割から9割くらいの力で走り込んでいましたが、今は6~7割くらいの力で本数を重ねています。疲れてフォームが崩れたり、重心がうまく取れなかったりでは、練習として良くありません。正しいフォームでしっかり重心を取ることに重点を置いているので、本数にはあまりこだわっていないんです。
若い時はどんなに走っても全然疲れないし、合宿の時は午前も午後も走り込んでウェイトトレーニングもしていましたが、今それをやったら体が持たないです。怪我をしてしまったら元も子もないですからね。
20代の頃と違って体との対話が必要なんですね。
はい、自分の体を素直に感じ取る感覚がとても大切です。ずっと続けているとその感覚が分かってきますよ。例えば、これ以上やると太ももの筋肉やアキレス腱を痛めてしまうなと判断できるようになります。そこまで追い込んだら練習量や練習方法を調整して、ケアをしっかり行うようにしています。
義肢装具士の沖野敦郎(おきの あつお)さんとの出会いが、競技選手を目指すきっかけになったそうですね。
脚を15歳で切断して25歳で沖野くんに出会うまでの10年間は、義足であることへのコンプレックスがとても強かったんです。人前に出たり、買い物や遊びに行ったりすることが嫌でした。そんな気持ちが沈んでいる時、たまたま新しい義足に作り替えるために入院をした病院で、実習生として働いていた沖野くんと出会いました。僕の顔が相当暗かったんでしょうね。同い年ということもあっていろいろ気にかけてくれました。
フランスで行われている「2003年世界陸上競技選手権大会」のテレビ中継を観ていた時、沖野くんも陸上をやっていたことを知って、共通の話題ができたことが嬉しかったのを覚えています。そこで彼が僕に対して「もう一回陸上やったらどう?俺が支えるから」ととても強く背中を押してくれたんです。
「俺が支える」という言葉には覚悟のようなものを感じますね。
そんな感じでしたね。僕は彼と出会って人生が180度変わりました。彼のおかげで、義足や周りからの視線、障がい者に対する考え方が変わりました。僕一人の考え方では知識や情報に限りがあるから、いつの間にかいっぱいいっぱいになってしまってどうしても壁ができやすい。そうならないように、周りの人と触れ合って情報交換したいという考えに変わりました。
沖野さんと出会う前の春田さんは、障がい者であることをどのように感じてたのでしょうか?
僕は15歳という多感な時期に健常者から障がい者になりました。障がい者の僕は、健常者の方にどのように接すればいいのかわからない。健常者の方も僕にどのように接すればいいのかわからない。だから、お互いが透明人間であるかのように感じていました。自然ではないですよね。
今は義足であぐらもかけるようになりましたが、当時はそれも痛かったんです。車の狭い後部座席で足をずっと曲げていなければいけない時にも「痛い」という一言が言えませんでした。
血流が悪くなって痛みが出てしまうんですが、どう言っていいか分からなかった。無知でしたし、同じように周りの方も障がい者と話をする機会がないのでお互いどうしていいかわからない状態でした。だから、周りと距離を置いていましたが、陸上を始めて様々な方と関わるうちに自然に話ができるようになりました。
健常者の方がコーチなので、義足について100%説明しなければ伝わらないんですよ。そういう経験を重ねて、義足や障がいについて人に話せるようになりました。陸上を通して僕自身も成長しましたね。陸上をやっていなかったら殻に閉じこもったままでした。
15歳で骨肉腫の手術をされた当時を振り返って、ご自身にかけてあげたい言葉はありますか?
「もっと普通でいいんだよ。言いたいこと言えばいいんだよ。自分のペースで進みな」と声をかけてあげたいですね。同じ静岡県出身の陸上(障がい者スポーツ)選手でメダリストでもある山本篤さんに「もっと楽に生きればいいよ。春田くんは周りに気を使ってすごく丁寧に話をしてるけど、それを続けていると疲れちゃうよ」って言われたんです。確かにそれまでは自分のペースではなくて、全て相手のペースに合わせて行動していた気がします。
周りの人から気づかされることが多いですね。僕はカッコつけて自分のスタイルを貫くというタイプではないので、良いことはどんどん取り入れて、反対に駄目なことは変えていくようにしたいと思います。
当時、ご家族とはどのように過ごされましたか?
家族はそれまでと同じように接してくれました。僕を病人扱いしなかったし、病気になる前と同じ家庭環境で闘病生活をしていたので、それまでと同じ雰囲気でいてくれたことが一番嬉しかったです。僕自身も自然に過ごせました。反対に僕が家族を心配していた気がします。入院や抗がん剤治療のために莫大なお金がかかってしまったので何も言えなかったし、抗がん剤治療に耐えて頑張るしかないと思いました。
現在は週三回のペースで全身マッサージに、そして鍼灸も受けられているようですが。
鍼は「この筋肉本当にダメだな」っていう時にやっています。例えば、ふくらはぎがカチカチで、指圧では回復が難しい深い部分まで固くなってしまった時は、鍼をしたりお灸をしたり、ツボに刺激を与えてバランスを整えています。
三年間同じ先生に診てもらっています。一緒にウェイトトレーニングにも行くんですよ。でも、僕はボディビルダーではないので、見た目が美しい筋肉は必要ありません。陸上選手として必要な筋肉作りには、ただ筋肉にかける負荷を上げていけばいいというものではないんです。陸上に活かすウェイトトレーニングは難しいんですよね。重いものを持つとどうしても全身に力が入ってしまって、全身に疲労が溜まります。そうすると、トラックで行うランニングの練習にも支障が出てしまうので、一つ一つのパーツに効くようなトレーニングをしています。
先生には、今のコンディションを話してアドバイスを求めます。あと、僕はずっと同じ練習メニューを繰り返していると迷いが出てくるんです。もうこれやっても意味ないのかなとか。そんな時にアドバイスをもらうようにしています。行き詰まったり変化が欲しかったりする時はオリンピアンの方や健常者アスリートの方、トレーナーの方に話を聞くようにしています。
専属のトレーナーはいらっしゃるんですか?
専属トレーナーはいませんが、治療院の先生がその役割をしてくれています。先生も子どもの頃、陸上教室に通っていたので、陸上競技特有の体の疲労を理解してくれてとても有り難いです。その日にやった練習内容を伝えただけで、「この筋肉に疲労が来ますね」というように理解してくれます。
パラリンピック選手として、鍼灸師に期待することはありますか?
体のメンテナンスはすごく重要です。メンテナンスを怠ると、選手として潰れてしまいます。ぜひ鍼灸師の方に練習現場に来ていただいて、選手の体を診てもらいたいです。そして、感じたことを選手にどんどん言っていただいて、選手もアドバイスを受け入れて変えるべきところは変えていく必要があると思います。鍼灸師の方と近い距離で語り合いたい。気軽に話し合える方が選手も鍼灸師の方も気を使わないでいられますからね。
最後になりますが、「東京2020パラリンピック競技大会」へ、今抱いている思いを教えてください。
障がい者アスリートを近くで見る絶好のチャンスです。僕が「北京パラリンピック」(2008年)を観に行って、「ロンドンパラリンピック」(2012年)に出場して感じたのは、観客席に日本人の方があまりいなかったことです。メディアでも大きく取り上げてはもらえず、寂しいと思いました。「東京パラリンピック」では、僕たち選手側もパラスポーツをより多くの方に理解していだだけるチャンスなので、ぜひ国立競技場へ足を運んで実際にご覧いただきたいです。
日本人選手である僕が言うのは恥ずかしいし悔しいですが、特にアメリカ選手のパフォーマンス力がとても高いです。世界のトップアスリートたちのパフォーマンスに「障がい者がここまでできるのか!」ときっと驚かれると思うので、是非そういう視点で観ていただけたら嬉しいです。
日本記録を出してもなお自身の成長を止めない春田選手。自ら積極的にアドバイスを求め、素直に受け入れて、行動に移す。それが、アスリートとしても人としても輝き続ける秘訣なのだと感じました。
「東京2020パラリンピック競技大会」の延期が決定しましたが、選手の皆さんがベストコンディションで最高のパフォーマンスを発揮できる大会となることを期待し、春田選手に、そして世界から集まるトップアスリートたちのパフォーマンスに注目したいと思います。
取材会場:藤枝総合運動公園 陸上競技場(静岡県藤枝市原100)
 
春田純(はるた じゅん)氏プロフィール
1978年生まれ。静岡県出身。15歳の時、骨肉腫により左膝から下を切断。
25歳の時、義肢装具士の沖野敦郎(おきの あつお)氏と出会い、陸上(障がい者スポーツ)選手として陸上競技への挑戦を決意。
2010年 「アジアパラリンピック競技大会」出場(200m3位、400m3位、4×100mリレー3位)
2011年 100m日本記録(11秒95)をマーク
2012年 「ロンドンパラリンピック競技大会」出場(100m予選敗退、4×100mリレー4位)
2020年 「東京パラリンピック競技大会」出場に向けトレーニング中

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No.26「熱くない」日本の直接灸を世界へ、未来へ https://www.harikyu.or.jp/acupuncture/health-026/ Thu, 05 Mar 2020 11:50:22 +0000 https://www.harikyu.or.jp/wps89n/?post_type=service&p=1047 投稿 No.26「熱くない」日本の直接灸を世界へ、未来へ公益社団法人 日本鍼灸師会 に最初に表示されました。

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お灸道創始者:伊田屋幸子氏 (プロフィールはこちら)
今なお人々を死に至らしめている病、それが結核です。イギリスのチャリティー団体であるMoxafrica(モクサアフリカ)は、その結核菌と向き合い、対峙するアプローチとして日本の直接灸を選び日々研究を続けています。そのMoxafricaの伊田屋幸子先生から、あまり知られることのない結核の現状や、結核菌から人々を救ってきたお灸の効果について、たいへん興味深いお話をたくさんお聞かせいただきました。「きっとお灸の見方が変わってくると思います」。そう切り出して始まった、伊田屋先生の講演。結核の有効な治療方法でもあるお灸の歴史を紐解きながら、その一部をご紹介していきます。
1940年代、日本人の死亡要因の1位をご存知でしょうか?がんでも脳卒中でもありません。結核菌です。他の菌に比べて細胞の皮・殻がとても厚く、強い抗生物質を使っても破けない。薬がその中に届くまでに大変時間がかかります。そうした特徴のある結核菌は、治療が難しいのです。また、結核菌は、非常にゆっくり増殖します。皆さんご存知のとおり、何十年もかかって発症することがあります。人類が一番長く対峙している病気は、この結核だとも言われています。実際に古代人が結核に罹っていたという話もあるくらいですから。
その結核も日本では、1951年をピークに1990年までの40年ほどで一気に減少しました。世界で最も早く結核が減少した国、それが日本です。もちろん衛生環境の飛躍的向上が主たる要因ですが、そんな日本で1950年以前、つまり結核がピークに差し掛かる少し前に、お灸で治療していた先生方がいらっしゃいました。沢田先生と深谷先生のお二人です。沢田先生は、たくさんの結核の患者を治療して、多くの参考になる症例を残されています。一方の深谷先生の場合は、実際に先生ご自身が結核を患うことになり、その後お灸で治った経験から鍼灸師を目指されたとお聞きしました。これも、大変貴重な症例だと思います。
Moxafrica設立のきっかけとなった原志免太郎先生もまた、こうした先人のお一人で、お灸で博士号を取得された最初のメディカルドクターです。先生は九州の福岡に暮らしていたそうですが、薬など、当時東京にあるものが九州にはなかったと言います。結核患者に投与する抗生物質も東京で止まってしまっていて、九州まで届かなかったと聞いています。そこで先生は、結核病棟を自分の手で作ってしまった。そこに患者さんを入院させて、お灸治療をしていたそうです。
今日でも、結核を発症する人が世界には3万人いらっしゃいます。そして、1日に5千人が結核で亡くなる、13秒に1人です。こうして私が一時間話している間にも、たくさんの人が結核で命を落とされています。ただ、これもWHOが把握している数であって、実際にはこの数倍とも言われています。エイズやマラリヤよりも、結核菌の方が確実に人を殺しているのです。決して過去の病気ではありません。そうした中、「お薬のない時代、結核にお灸が効いていたのなら」と、三人の先生方のお話をヒントに、お灸は現在の結核に、とりわけ衛生環境の良くない状況下での治療に効果があるのではないか、そう考えたわけです。
結核菌は空気感染します。たとえば東京で大地震が起きて、3日間都市機能が停止したとします。そして、体育館のような避難所に大勢の方が一緒に過ごさなくてはいけないとなったら……するとどうでしょう?
そこで、免疫力を高める作用が期待できるお灸です。鍼灸師の皆さんがパッと行って、被災した人たちにお灸をしてあげる。これで免疫が下がりません。一番大変な時期をしのげるということになります。鍼灸師による「緊急チーム」のようなものがあればいいですね。
お灸は電気もいらないですし、コストもかかりません。特に結核など免疫が下がる病気に対して、お灸は欠かせない存在になるのかもしれません。緊急時でなくても高齢になると自然に免疫が下がりやすくなります。結核を発症させないためにも週に1回、公民館などで無料のお灸をするとか、そういう動きに繋がっていったらうれしく思います。
お灸は何故いいのか。まず、この免疫を下げない効果が挙げられます。結核のように長く治療することを考えた場合には、治療費も安くて済みます。誰でも、健康な人がやってもいいのがお灸です。さらに、どの時点からでも治療が始められるという点も見逃せません。病気にかかっていてもいなくても、いつからでも始めることができます。何より副作用がなくて安心安全であること、抗生物質によって耐性菌ができてしまうといった副作用の心配がないお灸は、とりわけ結核治療の大きな力になります。
「イギリスやアメリカの人は、お灸のことを何も知らない。だから海外で「お灸フェス」をやりたい」と伊田屋先生。
「お灸は熱くないですよ」と教えてあげたい、そしてお灸でどれだけ足が軽くなるかを体感してほしいのだとおっしゃいます。
「ロンドン市内には公園が30個以上あります。そこでお茶を飲み休んでいる人たちに、日本の鍼灸師が無料でお灸をしてあげられたなら……お灸の認知度はあっという間に広まりますよね。ロンドンで広まったら世界に広まるのはとても早いです。ロンドンの次はパリ、その次はニューヨークと、世界の大都市で広げていければと思うんです」。
鍼灸師の力を借りて、世界に日本のお灸を広めたい――伊田屋先生の思いは、お灸の未来にピタリと重なっているようでした。
 
伊田屋幸子(“Yuki” Itaya)氏プロフィール
1976年生まれ。福岡県出身。東洋医学博士。お灸への関心は馬の治療を通して幼少の頃より経験する。アメリカ在住20年、2年前よりイギリス在住。2008年より全米MukainoMethodのディレクター兼講師を務める。現在は毎月ヨーロッパ、アメリカなどで講演を通して、日本鍼灸普及の活動を展開。モクサアフリカ理事、結核患者の補助治療として灸の研究をウガンダ・マケレレ大学で行う。2014年より越石灸や日本式灸のお灸を世界各地で広める活動を積極的に行っている。お灸道創始者 (okyu-do.com)

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No.25 強さの秘訣はメンタル!? https://www.harikyu.or.jp/acupuncture/health-025/ Thu, 05 Mar 2020 11:47:33 +0000 https://www.harikyu.or.jp/wps89n/?post_type=service&p=1016 投稿 No.25 強さの秘訣はメンタル!?公益社団法人 日本鍼灸師会 に最初に表示されました。

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バレーボール元全日本代表主将:米山一朋氏 (プロフィールはこちら)
ブラジル、リオデジャネイロのオリンピック・パラリンピック。地球の反対側で歴代最多となるメダル獲得に、日本中が大いに盛り上がりました。元全日本男子バレーボールでソウル五輪に出場された名セッター米山一朋さんも、そんなオリンピックを通して貴重な体験をされてきたひとりです。現役引退後もコーチ、監督を歴任して、今なおスポーツに情熱を傾けている米山さん。桜の名所でもある小田原城下にその米山さんをお訪ねして、ご自身のオリンピック体験を振り返りながら、スポーツにまつわる体と心の楽しい話をお聞かせいただきました。
米山さんがバレーボールを始めたきっかけも、やはりオリンピックだったそうですね?
草野球をしたり水泳教室に通う小学生でした。とくにバレーをしていたわけではないんです。それが、ちょうどミュンヘンオリンピックの年でした。父がテレビで男子バレーの準決勝を観ていたんですね。2セットを先取されて、「もうだめだ」と父はそこで観るのをやめてしまった・・・それが翌朝にフルセットで逆転勝ちでしょ、子ども心にかっこいいと思いましたね。その後、旧東ドイツを3-1で破り、見事に金メダル。それまで女子のスポーツとばかり思っていたバレーボール、それを日本男子が世界の強豪を相手に逆転劇を演じて、最後には優勝。もうそれはかっこよかった。だから自分もこういう風になりたい、と、中学に入ってからバレーの白いボールを手にしたんです。
夢が叶ってソウル五輪に出場された米山さんですが、そのときの思い出を尋ねると、意外にも開会式の記憶が鮮明に残っていると伺いました。
入場行進の順番を待つ間、よく見ればあそこにカール・ルイスが居る、あああれは・・・となるわけです。世界のスーパースターたちと同じところに立って同じ空気を吸っている、ただそれだけで足が震えるというか、興奮が止まりませんでした。そして、いよいよ入場行進。メインスタジアムの大歓声に包まれて、ついに来たぞと、オリンピックに来たんだぞという実感がこみ上げてきました。
途中で聞こえてきた「日本、頑張れ!」の大きな声援に、言いようのない力をもらえたように思います。
個人が優れている、チームワークが優れている。はたしてどちらが強いチームなのでしょう?プレーヤーとして指導者として、豊富な経験をお持ちの米山さんにズバリお聞きしました。
優れた選手の揃ったチームは、たとえチームワークがなくても、圧勝するんじゃないでしょうか。
ただ、競り合いには弱いと思いますよ。粘りがない。競ってきたときは、やはりメンタルの勝負。お互いがお互いを認め合い、チーム全体で個々の気持ち、やる気を高めていけるチームは、競り合ったときに強さが出てきます。だから監督やコーチは、それぞれの個人技を見抜いて適材適所に配置しながら、コミュニケーションの取れるチーム作りをする。コミュニケーションがうまく取れているかどうかは、チーム力を推し量るひとつかもしれません。
試合を「あきらめないこと」とは?いったい何が選手を支えているのですか?
よく「本番に弱い」と言いますが、プレーに自信がないからだと思うんです。だから、できるまで練習をする。「できる=良いイメージ」を、もっと大切にするといい。
できていないときは、なるべく具体的に何が足りていないかを伝えるようにしています。そして1回でもできるようになったら、何回も続けてできるようになるまで練習をする、そのときに何が良かったのかも言葉にするようにしています。練習で完璧にできるようになっていれば、試合で不安になることもないし、本番にも強くなれます。
今回のオリンピック、女子レスリングの最後10数秒での逆転劇などは、まさに「最後まであきらめない」から勝つことができた。それはバレーボールでも同じです。
ボールがコートに落ちる、デッドになるその瞬間までけして望みを捨てない。たとえレシーブがうまくいかなかったときでも、9m×9mのコートの中、残りの5人が声を掛け合いフォローしていく。まさにチーム力の部分ですが、そうした気持ちの強い、心折れない個人、チームを目指して、監督やコーチもあきらめることなく、粘り強く指導しているはずです。
試合の最中でも、指導者の一言で開き直ることができるそうですね?
強い気持ちによって試合の流れが変わることがあります。女子バドミントンの決勝戦は、そうだと思うんです。追い込まれたときは、どうしても気持ちに余裕がなくなる。気持ちに余裕がなくなるから、体が固くなって、思うように動かなくなり、できていたはずのプレーができなくなる。点差が開いて負けていたとしても、まだ負けたわけじゃない。相手が2点、3点取る間に、5点、6点取ればいいんじゃないかと。何も負けたわけじゃない、思い切っていこうと。それでも負けたら仕方がないじゃないかと。こうした言葉ひとつで、選手の気持ちに余裕が生まれ、プレーが変わってくるんです。
企業チームなど大所帯なところでは、専属のトレーナーを帯同させる時代。スポーツケアの今を伺いました。
私が引退してからですが(笑)、ほとんどの企業チームがメディカルトレーナーやアスレチックトレーナーを帯同させるようになりました。先進の取り組みをされているチームの中には、鍼灸師の免許などの国家資格を持ったトレーナーもいらっしゃいます。フィジカルケアはもちろんですが、むしろ監督やコーチ、スタッフには言えない悩みを相談できる、心を許せる存在として、チームのメンタルケアにも大きく貢献されているように思います。体をほぐされることでリラックスできているのか、弱音や本音を言いやすいんじゃないでしょうか。体と心のバランスに鍼灸はとても有効に働いている、そんな印象を持っています。
普段楽しむレベルでも効果的なトレーニング方法があれば知りたいですね。
体幹を鍛えることですかね。体の幹(みき)と、読んで字のごとくです。バレーボールに限らず、すべてのスポーツ、そして日々の健康な生活につながるものだと思います。健康じゃないと、仕事はもちろん、趣味も楽しむことができない。人生を楽しく過ごすには、やはり健康は大切です。スポーツ選手に限らず、日頃から体調を気にする、たとえば体重の変化を毎日チェック、気にすることも、とても良い健康習慣だと思います。スポーツに汗を流すことも良いことですが、日々の生活の中で健康な体づくりの習慣を心がけること、それが第一だと思います。
そこから強い気持ちも生まれてくるような、そんな気がします。
リオデジャネイロから東京にバトンタッチされ、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会まで4年を切りました。これからますますスポーツが盛んになり、健康生活のためにスポーツを始める人も多くなることでしょう。健康的な毎日に、あきらめない心と開き直りの精神。米山さんのお話には、毎日忙しく暮らす現代人に欠かせない、体と心のサプリメントが詰まっているようでした。
 
米山一朋(よねやま かずとも)氏プロフィール
1961年生まれ。東京都出身。法政大学卒業後、1984年富士写真フィルム(株)に入社。1985年・1989年のワールドカップ、1988年のオリンピック(ソウル)、1990年の世界選手権やワールドリーグなどで名セッターとして活躍。その後、指導者として全日本シニア男子コーチ、全日本ジュニア男子コーチ、嘉悦大学女子バレーボール部監督などを歴任する。主な監修書に『チーム力がUPする!バレーボール攻撃戦術&練習メニュー80』『考える力を身につける バレーボール練習メニュー200』(池田書店)など。

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No.24 あの頃のように素直な心で https://www.harikyu.or.jp/acupuncture/health-024/ Thu, 05 Mar 2020 11:45:37 +0000 https://www.harikyu.or.jp/wps89n/?post_type=service&p=1085 投稿 No.24 あの頃のように素直な心で公益社団法人 日本鍼灸師会 に最初に表示されました。

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画家:宮武貴久恵氏 (プロフィールはこちら)
「今、おいくつなんですか?」。取材を終えた若いインタビュアーに、笑顔で問いかける画家の宮武貴久恵さん。「とても素直に見えるわ。その素直さって、すごく大事。やっぱり成長するには素直が一番だと思って……ね」。子どものように素直な心のまま絵筆を振る宮武さんですが、純真無垢なその心は、画家にはなくてはならないものなのかもしれません。彼女に紡いでいただいたお話に、ふと幼い日の記憶がよみがえります。童心にかえり心を開いて、自然体で絵を愛でる――宮武さんの一言一言が、そんなひとときへと誘ってくれるようです。
季節は草木の芽吹く春。カラダにも健康な感覚が芽吹くよう、そよ吹く春風にリズムを合わせ、美術館をめぐってみてはいかがですか?きっと素直な気分になれるはずですよ。
そもそも画家になるきっかけというのは?小さい頃から絵を描くのが好きな子だったのでしょうか?
好きかどうかじゃなくて……子どものとき、私の落書きを見た母がひらめいたんです。窓際にちょこんと座って、すりガラスに指で描いた落書きが、たまたま寝ている人だったから……「あれ?この子、もしかしたら……」なんて感じでひらめいた。「たいていの子どもは立っている人を描くのに……ひょっとして」と思ったんでしょうね(笑)。それが、4歳のときです。絵と呼べるのかとても怪しいですけど、初めて描いた絵が寝ている人の姿で、それを見た母のひらめきがあって、それから絵を習うようになりました。それが、画家への一歩だったと思います。
落書きが始まりとは(笑)。わずか4歳で絵を習い始めてから5年、9歳のときに衝撃的な出会いをされたと伺いました。
9歳のとき美術館へ、「ピカソ展」を見に行ったんです。何気なく訪れた企画展なのに、これがもうすごくて。ものすごく感激して……「ああ、絵描きになりたい」っていう思いが、そのとき自分の中にはっきりと生まれました。ピカソの絵を見た瞬間にもう「絵描きになりたい!」って、あまりにもはっきりと決めてしまったんです(笑)。でも、それを聞いた母はさすがに、「ちょっと待って」と慌てましてね。絵を習わせてはいたけれども、やっぱり9歳の子どもが「私には絵しかない」と思い込むのが不安というのか……娘ながらにちょっと怖かったみたいですね。
何とも芸術家らしいエピソードですね。でも、初志貫徹で立派な画家になられました。今でもその頃の気持ちは忘れていないですか?
ピカソを見たのが9歳でしたけど、「何であのとき、ピカソだったのかな」って。大人になってから、ふと思うときがあります。好きな画家っていうのは、だんだん変わっていくものですけど、どうしてあのときピカソにあんなにも感激したのか、今でも不思議に思うんです。でも、考えてどうこうじゃない。やっぱり直に訴えてくるものが、ストンと子どもの心に入ってくるものがあるんですよね、絵画には。私も、ピカソの絵の内にある何か「見えないもの」に、魅せられたんだと思います。
子どもの心にスッと入ってくる、何か「見えないもの」。鍼灸の世界でいうところの「気」に通じるようなものなのでしょうか?
そうかもしれませんね。絵画というと何か「物(もの)」、たとえば富士山なら、あの特徴的な姿と山頂の雪とか「見えている姿形を再現する」と思ってらっしゃる方が多いと思いますけど、それだけじゃない。それ以上のものなんですよね。目に見えているものプラス、目に見えないものを描く。目に見えないものまで描き出す。その目に見えないものが、絵を見たときに、何か息吹のようなものとして伝わってくる。”放つもの”とでも言えばいいのかな?エネルギーとか、作家の気迫とか、思いとか……見ているだけなのに、そういうものをひしひしと感じます。
絵画に宿るエネルギーですか……。見えないのではもう、感じるしかないですよね?それにはやっぱり、美術館がいい?
そう、美術館。ちなみに私、美術館に行くときは必ず、食事をしてから行くようにしているんですよ(笑)。というのも、絵のパワーに圧倒されてしまうというか……見るだけなのに、ものすごくエネルギーが要る。創作って、普通に生活する以上のエネルギーがないと向かっていけないんですけど、そうやって画家も全身全霊で描いているから、真剣勝負というか、軽く見ようと思っても駄目なんですね。そうして実物と真正面に向き合うと、絵の持つエネルギーや気のようなものが自分の中に入ってくる。多くの絵に触れて、たくさんのメッセージをいただいて、自分の目で肌で「これはいいものだ」って感じること。そして、「人が良いと言ったから良い」じゃなく、自分の中で判断できるようになることが大切なんだと思います。
やはり実物は別物だということですか?
別物ですよね。タッチとか。たとえて言うなら……生き物ですよ。うん、本当に生き物。そこに宿るものは、図録になんか出てこない。どんなに高性能なカメラだって、やっぱりその〝何か〟は映せない。以前、某テレビ局の社長さんが「カメラの限界を感じた」っていうぐらい。撮れないんです、絵の持っている〝何か〟、雰囲気というのは。それを見て、感じとるためには、とにかく生の絵に触れて……いろんな絵を間近で見て、心のままに感じることが一番だと思うんです。よく「心を開いて」と言われるでしょ?そんな感じに近いのかもしれませんね。
幼い子どものように飾らない、素直な心にしか「うつらない」ものが、きっとあるのでしょうね。
絵の審査なんかすると、面白いんですよ。学年が上がるにつれて、絵がつまらなくなる(笑)。小学校1年、2年あたりが面白くてね、6年生ぐらいになると、もう本当に……そのまま。「姿形を再現しました」って感じになって、どんどんつまらなくなっていく。のびのびとね、おおらかに描いているものに、いいものがあったりします。それが、絵の持つ〝何か〟につながっているんだと思いますよ。大人になっていくと、だんだんに削られていってしまうから……そういう心を残していくって、難しいですよね。
お話を聞いていて、何か心が洗われたような気がします。最後にひとつ。今の時代、「現代」というテーマで絵を描くとしたら、いったい何色になるのでしょう?
今の時代って、危ういっていうか……すっきりした色にならない。混迷している感じ、ちょっと複雑で危うい感じがします。「ホリゾンブルー」って、地平線をイメージした薄いブルーがあるんですけど……強いて言えば、そうした「ブルー」でも「グレー」でもない、どちらにも向けるような、微妙な色が浮かんできます。これをすっきりした色、はっきりと時代の色にするには、現代はあまりに混沌としている。でもそれは、みんなで輝かせていかなくてはって思うんです。そして、その微妙な色を、たとえばはっきり「水色」と言えるようにするには、みんながそれぞれの世界で精いっぱい努力しないといけない、私、そう思うんです。
「ニューヨーク留学があって、旧東ベルリンの壁に「世界の平和と統合のため」の壁画を描くプロジェクトに参加、そして、ベルリンから日本に戻って震災を経験して……今ここに居るのは、自分が正しい場所に居ると思えてならない」。その素直さゆえに、時代の悲しい出来事にも心を痛めてきた宮武さん。そんな彼女が〝正しい場所〟と言う三重県の大自然を素材にした「天使の舞い降りるところ」の制作が、今進んでいます。「そこにはセンペルセコイアという巨木が育ち、大きな慈愛と温もりが感じられる。テーマのように本当に天使が舞い降りるところと思えるような、人々の希望や豊かさ、未来に向かう知恵を描いていきたい」と微笑む姿に、なぜかほっとさせられたひと時でした。宮武さんの思いが宿る「天使の舞い降りるところ」は、きっとみずみずしい、はっきりとした色に包まれた楽園になるのでしょう。
 
宮武貴久恵氏プロフィール
1979年
ニューヨーク・アートチューデンツ・リーグに留学/抽象表現主義の巨匠リチャード・プーセットダートに師事
1983年
ナショナルアートクラブ展名誉賞受賞
1986年
ニューヨーク・アートチューデンツ・リーグ2年連続ベストイン賞「滲み出る光」、学校の永久コレクションになる
1987年
ニューヨーク・ブロードウェイにスタジオ開設
1988年
フランクフルト・マッキャン・エクソンで個展
1989年
中日新聞「アートトレンド」欄にニューヨークの美術記事連載
1990年
ニューヨーク・ストラウス画廊でグループ展/ニューヨーク・ソーホーT&Nギャラリーで個展/ベルリンの壁に壁画を描く
1993年
14年間の渡米生活を終えて帰国
1999年
ゲーテ生誕250年を記念したフランクフルトのアートコンクール「ゲーテ99」で受賞
2001年
ベルリンのギャラリー・ゾーンFで個展/フランクフルト・マッキャン・エクソンで個展
2009年
ベルリン再訪し壁画修復/三重県立美術館県民ギャラリーで「宮武貴久枝50周年記念絵画展」開催
2014年
テーマ「天使の舞い降りるところ」で制作活動

投稿 No.24 あの頃のように素直な心で公益社団法人 日本鍼灸師会 に最初に表示されました。

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No.23 活力の正体は自律神経!? https://www.harikyu.or.jp/acupuncture/health-023/ Thu, 05 Mar 2020 11:44:19 +0000 https://www.harikyu.or.jp/wps89n/?post_type=service&p=1014 投稿 No.23 活力の正体は自律神経!?公益社団法人 日本鍼灸師会 に最初に表示されました。

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講師:南 和友先生 (プロフィールはこちら)
循環器系医療の第一人者である南和友先生は、日本人外科医として世界で最も多くの心臓手術、心臓移植を手がけてこられました。その経験から先生は、「自律神経を鍛えて活力を蘇らせる」ことに着目されています。脳、肝臓、腎臓といった臓器へは心臓から血液が供給されますが、その血液が血管を流れる=血流も、自律神経の働きによって大きくコントロールされていると言います。今日の公開講座では、「活力の正体は自律神経!?」と題しまして、この血流を支えている自律神経を、簡単にしかも無理なく鍛え整えながら、「病気にならないため」の健康習慣を身につける方法について、わかりやすく教えていただきました。先生のお話をヒントに活力あふれる体づくりを実践してみませんか。
あなたの生活習慣、ホントに大丈夫ですか?
以前、「血流をコントロールして弱った体を蘇らせる」という話を本にしたことがあります。その中で「病気が潜んでいるかもしれませんよ」と、次のような症状を書き出してみたのですが……こちらにいらっしゃる皆さんは、どうでしょうか?
□手足が冷たい
□暑くないのに汗が出る
□食欲がない
□感情が不安定
□夜なかなか寝られない
□やる気が起こらない
□暴飲暴食をしがち
□感情を示さない・感動しない
うなずかれる方もたくさんいらっしゃいますね。8つのうち2つ以上当てはまる人は、活力が落ちていると思ってください(笑)。それがひいては自律神経失調につながるわけです。もちろん病気には先天性のものもありますが、糖尿病や高血圧症、心筋梗塞、がん、脳梗塞、腰痛といった後天性の病気は、ほとんどの場合、危険な生活習慣が引き起こしていると言っても過言ではありません。生活習慣病、つまり生活がきちっと調整されていないために引き起こされるような病気、これが後天性の病気の大半を占めると考えられるのです。先の8つの症状は、生活習慣病を引き起こすリスクのひとつひとつだと考えていいかもしれません。
病院に行く前に!生活習慣を自己チェックしよう
「体の調子が悪い」と言ってすぐに病院へ駆け込む―― これ、違います。まずはご自分の食生活、睡眠時間、運動量などのチェックから始めるべきです。ですが、みなさん、病気になったり体調が悪くなったりすると、「残念ながら」すぐに病院へ行ってしまいますよね? なぜ「残念ながら」なのか。病院というところは、患者さんに対して検査しなくちゃいけない、検査したら手ぶらで帰すわけにいかない、何か薬を出さなくちゃいけないという流れができあがっているところなんです。患者さんの訴えとか、悩みとか、体の不都合を把握できないままに終わってしまう。薬だけ出していればそれでいいみたいなことが正直多いです。患者さんにも、「病院に行かないと心配だ」「薬をもらってないと不安だ」とおっしゃる方が多いのですが………この流れは、やはり良くないことだと思うんです。
「すぐに病院!ではなく、自分の生活習慣をチェックすることから始めましょう」と南先生。では、生活習慣を見直して、病気にならない健康習慣を身につけるためにはどういう生活をすればよいのでしょうか? 5つのポイントと、その実現方法について解説していただきました。
健康習慣のための5つのポイント
①免疫力を高める
②血管を硬くさせない
③骨や筋肉を強くする
④頭をボケさせない
⑤自律神経を整える
心臓に負担をかけない体づくり~免疫力を高める~
免疫力を高めれば風邪も引かない、簡単に胃腸病になったりしない。がんにだって、なりにくい体質ができあがります。では、どうやって高めるのか? まずは、太らないことです(笑)。10キロも20キロも標準からオーバーしていると、心臓は10%、20%の血液を余分に送らないといけない。いろいろな臓器に血液が十分にいかなくなる。すると、白血球や赤血球の生成も衰えますし、活力が出てこない。肥満ですと、どうしても免疫力が落ちてしまいます。いわゆる脂肪で太っている人は、病気になりやすいです。次に、安易に薬やサプリメントに頼らないこと。ちょっと頭が痛いと、すぐにアスピリンなり何かを飲む。下痢したら整腸剤を飲む、熱が出たらすぐに解熱剤――こうしてすぐに薬を飲むようになると、自分で自分を治す力が抑えられてしまう。免疫力でもある「自己治癒力」が、なくなってしまいます。
運動、ときどき感動~血管を硬くさせない~
ゴムホースを長い間屋外に放っておけば、劣化して硬くなります。それに水を流せば、どこかが破れて噴き出します。それと同じことが人間の体でも起こるのです。それが動脈解離だとか動脈瘤と言われる病気です。20 歳を超えるとどうしても、動脈が硬化してきてしまいます。さらに、十分な血流がないと血管も刺激されませんから、どんどん硬くなってしまう。血管を硬くさせないためには、やはり適当なスポーツが良いと思います。適度な運動で血流を促すのが、最も効果的です。サウナとか水風呂に入ったりするのもいいですね。面白いところでは、いろいろなことに感動することも効果があるんですよ。自律神経が刺激され、血管の弾力性を保つことにつながるので、心を開いて大いに感動を満喫する生活を心がけてみてください。
食事と運動。そして美しい姿勢~骨や筋肉を強くする~
一つは、骨密度を高くする生活習慣を心がけること。ミネラルを含んだ食事を摂る、太陽が出ている時には外に出てカルシウムの代謝を良くする、運動をして骨に刺激を与える――こうしたことを習慣にして、骨密度を落とさないようにするのがいいと思います。そして、もう一つは、骨格を正しく保つこと。正しい姿勢で生活することです。姿勢が変われば、歩き方も良くなります。また、歩き方にしても、単にてくてく歩くのではなく、筋力をつける意味も含めて、少し力を入れたような歩き方を試してみてください。「パワーウォーキング」と言われるこの方法は、血流促進にも効果がありますので、みなさんにお奨めしています。
脳に刺激と血液を~頭をボケさせない~
脳というものは、使わなければどんどん衰えていってしまいます。ですから、頭をボケさせないよう、脳を刺激するような暮らし方をすることです。例えばトランプでも麻雀でも何でもいい、テレビゲームなどもいいでしょう。こうした遊びに興じることは、楽しみながら頭を使うことができるので効果的な方法です。もっと簡単に、いろいろなものを見て聞いて感動するのもいいでしょう。また、先ほどの「パワーウォーキング」といった、少し力の要るウォーキングを採り入れてみるのも良いかもしれません。全身に血液が十分に回ることで、認知症の予防につながることは、医学的にも認められています。
オンとオフをバランス良く~自律神経を整える~
自律神経というのは、いわゆる不随意神経といわれるもので、自分で動かそうと思って動かせるものではありません。例えば、汗をかけとか、心臓をゆっくり動かせとかはできないわけですが、そうした神経を言います。この自律神経には交感神経、副交感神経があって、交感神経を刺激すると、血管が収縮して、血圧・心拍数が上がります。意欲を掻き立てるような、敵が来たぞ、倒さなくちゃいけない、そういう時の神経です。びっくりして鳥肌が立つというのも交感神経ですね。逆に副交感神経というのは、血管を拡張させます。血圧・心拍数を下げる、リラックスする、感動するというときに働く神経が副交感神経です。
交感神経は適度な仕事や運動による興奮や精神的ストレスによって、副交感神経は食後や休息時、また感動を覚える場面に遭遇することで活性化されます。自律神経を整えることは、この交感神経と副交感神経のバランスを保つということです。仕事やスポーツをバリバリこなした後は、ゆったりとした気分で芸術作品に触れたり、十分な休養を取ったりして、ふたつを上手に活性化させていければ、血流のコントロールも良くなり、それが体の健康に結びついてきます。仕事をされている方はともすると交感神経ばかりが活性化してしまいがちですので、健康のために、休暇休養も大切に考えていただければと思います。
南 和友先生プロフィール
医療法人北関東循環器病院 院長 ドイツ・ボッフム大学 永代教授
■世界で最も多くの心臓手術、心臓移植を手がけている日本人外科医で、これまでに執刀した心臓・血管・肺手術件数 20,000例以上(500例の心臓移植を含む)
■20以上の国内外の学会の会員、評議員を務める。国内外での学会報告は550回を超え、特別講演およびテレビ、ラジオでも活躍している。また、500編以上の論文を国内外の重要学術誌に投稿し採択されている。

投稿 No.23 活力の正体は自律神経!?公益社団法人 日本鍼灸師会 に最初に表示されました。

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No.22 女性アスリートとスポーツ https://www.harikyu.or.jp/acupuncture/health-022/ Thu, 05 Mar 2020 11:20:33 +0000 https://www.harikyu.or.jp/wps89n/?post_type=service&p=1013 投稿 No.22 女性アスリートとスポーツ公益社団法人 日本鍼灸師会 に最初に表示されました。

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講師:土肥美智子先生 (プロフィールはこちら)
今回、スポーツフォーラムにお招きした土肥美智子先生は、国立スポーツ科学センターメディカルセンター副主任研究員のかたわら、なでしこジャパンの帯同ドクターとして活躍、多くのアスリートをサポートされていらっしゃいます。講演では『女性アスリートとスポーツ』というテーマを縦糸に、ジュニアアスリートの大切さを編みこんでいかれました。男女の性差にとどまらない内容は、とても興味深く、男性の方にもタメになるお話ばかりです。スポーツのコーチやトレーナーはもちろん、家族を持つみなさんに、“未来”を考えるきっかけになればと思います。
大事なのは「起きたらどうするか」よりも「起こさないためにどうするか」ということ。そして、起きてしまったら「早く手を打つ」ということです。いかに怪我をさせないか、病気させないか。これが、アスリートを支える人間の大事な役目だと思います。
いったい女性の敵なのか味方なのか!
“女性”と付いていますので・・・男性と女性の差、性差についてお話ししなければいけませんね。小学生ぐらいまでは、あまり男女に差は見られません。男の子も女の子も一緒になって運動している様子からもおわかりになると思います。そこから、あることをきっかけに性差が生まれて・・・その後、およそ運動に関わるものは、男性の方が高い数値を示すようになります。
でも、女性が男性より高い値を示すものもあるんですよ。うれしいことなのかどうかわかりませんけど・・・「成熟体脂肪率」、いわゆる“脂肪”です。みなさイメージしていただけると思いますが、胸やお尻、大腿部に付いて、女性らしさを表現してくれます。「必須脂肪」と呼ばれ、どうしても必要になる脂肪ですが、実は女性にとってもっと大切な意味を持っているんです。
脂肪の蓄積と年齢の関係を見ると、やはり子どもの頃は男女とも同じような感じです。小学校6年生を過ぎる頃になって差がついてきます。これには女性らしい体つきをつくるのとは別にもう一つ、大事な働きがあるんです。それは「初経」を演出するということ。体脂肪から分泌されるレプチンが影響すると言われていますが、女性への階段をのぼるためには、脂肪が必要なんです。
「女性アスリートの17歳は鬼門だ」と聞いたことがあります。17歳というのは目安なんですね。必須脂肪が付いてきて体つきが変わってくると、それまでできていた動きができなくなる、体が重くなる。繊細な第二次性徴期を乗り越えるところが、“17歳”に代表される年頃の女性にとっては難しく、ひとつの関門といいますか、それを“鬼門”と表現したのだと思います。
美しくあることと、女性らしくあることと。
体脂肪は、性機能である「月経」とも密接なつながりがあります。女性アスリートには大きな問題、「運動性無月経」を例に考えてみます。初経が来るためには体脂肪率が17%、体重は43キロ以上が必要。そして、体脂肪率が22%以上ないと正常な月経周期が起こらないと言われています。ここから、どういう種目に無月経が多いか?みなさん想像してみてください。何となくイメージつきますよね?
陸上の長距離、新体操、体操、フィギュアスケートといった競技が、無月経の多いものとして挙がります。審美系であることに加えて、その競技性で、体脂肪の少ない選手が多い。無月経を引き起こす可能性があるということです。そして、やはり運動量が激しく、体重をコントロールしてしまう傾向にもあるので、水準に満たない選手が多くなってしまうようです。
無月経は、重症化して治りづらくなる症状ですから、早い段階で手を打つ必要を感じます。それから、疲労骨折が起こりやすくなる。アスリートにとって疲労骨折を起こすということは致命傷です。放っておくわけにはいかない。そして、将来子どもが産めるのか産めないのかという問題――“女性”としては、こういうことも考えていかなければいけません。
疲労骨折と言えば骨量。人間の骨量は、男女とも20歳でピークを迎え、あとは減っていくだけです。10代でしっかり貯めておかないと、もう増えるチャンスがない。その大事な時期に必要な脂肪を蓄積しない、無月経を起こす。これが問題です。10代で脂肪も骨量も蓄えておけば、もしかしたら無月経による疲労骨折は防げるんじゃないかと思っています。ジュニアの時期というのは、それほど大事な時期なんです。
2020年、今のジュニアアスリートがトップアスリートとして出ていくこともあるでしょう。みなさんも含めてスポーツに関わるすべての人にとっては、大変な時期になると思います。それでも、良い形で2020年を迎えることができて、トップアスリートに成長した子どもたちが、東京オリンピックで活躍する――実現したら、これほどうれしいことはありません。
女性だから、子どもだからは禁物!?
女性アスリートの特徴と思われている貧血、本当にそうでしょうか?アスリートに多いと言われる「鉄欠乏性貧血」は、鉄の需要が増えたとき、汗などで鉄分が体の外に出る量が多くなったときに起こると考えられています。需要が増えるときというのは・・・「成長」です。運動することでも鉄は必要になってきますが、体が大きくなる、筋肉が増える、骨が伸びる、こういうときに鉄が必要になってくるんです。
そこで、ジュニアに目を向けてみます。子どもたちは成長の真っただ中、練習量も大変多いです。
練習量は増えるし、成長もしている。貧血のリスクが非常に高い年代なんです。ジュニアにおいては、むしろ男子の方に貧血が多い。これをみなさんには、ぜひ覚えておいていただきたいと思います。貧血は女性に多いという概念は捨てた方がよいかもしれません。
めまい、立ちくらみ、動悸、息切れ。貧血の症状はさまざまですが、運動による体調変化とオーバーラップするところがあります。これがアスリート、特にジュニアにとっては大問題で、貧血なのにサボっていると思われてしまう。息切れを起こし、有酸素能力が落ちて、パフォーマンスも下がってくる。練習についていけない。貧血です。ただ、昨日までできていたのに今日になってできない。だらだらやっているように見えてしまうんですね。
診断は簡単です。血液検査してヘモグロビンの値を見れば、貧血というのはすぐにわかります。多感な年頃の、未来あるアスリートを正しく指導するためには必要なことだと思います。それに貧血がある選手は、有酸素能力が下がるので、集中力が不足する傾向にあります。無理をして、ついには怪我をしてしまう。こういう悲劇を起こさないように、私たちのような立場の人間が気を配ってあげるべきだと思うんです。来る“2020年”のためにも!
 
土肥美智子先生プロフィール
1991年に千葉大学医学部を卒業。1993年に東京慈恵医科大学放射線医学入局。翌1994年から6年間、フランス政府給費生としてフランス原子力委員会、FeredericJoiot 病院に留学。帰国後は、東京慈恵医科大学放射線科および国立スポーツ科学センタースポーツ医学研究部にて勤務(非常勤)。2004年にはアジアサッカーASCスポーツ医学部門勤務、スポーツ科学センタースポーツ医学非常勤医師としても活躍。2010年に国立スポーツ科学センターメディカル副主任研究員を経て現在に至る。
<主な資格>
日本放射線学会放射線科専門医、アジアサッカー連盟メディカルオフィサー、国際
サッカー連盟FIFAのメディカルオフィサー、医学博士、日本体育協会公認ドクター等。

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No.21 第9回 全国大会inおかやま「県民公開講座」 https://www.harikyu.or.jp/acupuncture/health-021/ Thu, 05 Mar 2020 01:15:50 +0000 https://www.harikyu.or.jp/wps89n/?post_type=service&p=1012 投稿 No.21 第9回 全国大会inおかやま「県民公開講座」公益社団法人 日本鍼灸師会 に最初に表示されました。

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宇宙飛行士 山崎直子 (プロフィールはこちら)
「宇宙飛行士になるのに、1日どれぐらい勉強しなければいけないですか?」
小さな未来の宇宙飛行士の素朴な問いかけに、しっかりとした言葉でまっすぐに答える山崎直子さん。『宇宙での体感そして・・・』と題した招待講演では、文字どおり宇宙を感じさせる、貴重な体験をいくつも教えてくださいました。誌面の都合もあり、そのすべてをお伝えすることはかないませんが、演題にある「宇宙でどのようなことを感じたのか」「体にはどのような変化が起こったのか」を中心に”小分け”にしてみました。体感することの難しい宇宙での生活ですが、山崎さんのお話で、身近に感じていただけたらと思います。
もっとたくさんの人に行ってほしい
人類が宇宙にその第一歩を踏み出してから、およそ半世紀です。その間、どれだけの人が宇宙へ行ったと思われますか?500人ほど、つまり年間約10人の人が宇宙に行っている計算です。この数字を多いと思われるか少ないと思われるかは、まちまちかもしれませんが、もっとたくさんの人が宇宙に行ける世の中になってほしいなと思うんです。理科系・自然科学系だけじゃなくて、いろんな分野の人に。そして、できたら日本から、人が乗れる宇宙船を飛ばせたら――というのが、今の私の願い、夢です。そういう世の中になったら、また宇宙に行きたいなと思っています。
乗り物酔いの人は宇宙でも酔ってしまうの!?
宇宙に出ると、6割7割の人が宇宙酔いという症状にかかります。気持ち悪くなったり、吐いちゃったり――症状としては乗り物酔いと同じですが、相関関係はないと言われています。回転イスにすわってグルグル回される訓練のイメージがあると思うんですが、あれも今はやっていません。あの訓練がいくら強くても、宇宙酔いになる人はなります。反対に弱くても、宇宙で元気な人は元気です。関係ないんですね。自分の体が宇宙に行ったときに、どう反応するかというのは、まだ予測できない。実際に行ってみないと分からないのが、宇宙という世界です。
無重力までの道のりは、案外○○○なんです
宇宙に到達するまでの時間って、どのくらいだと思いますか?実はあっという間なんですよ。地上400kmを回っている宇宙ステーション、そこまでたったの8分30秒です。飛び立つまでに11年も訓練して・・・何か拍子抜けしてしまいますよね。ロケットが地上400kmに到達してエンジンが止まった瞬間、それまで感じていた3Gの加速度の力から解放され、一気に前のめりになる――電車や車でも急ブレーキをかけると前のめりになりますけど、一瞬そんな形で止まったとき、そこでシートベルトを外すと、そこはもう「すべてが浮いている」無重力の世界です。
タテ・ヨコ・ナナメと自由自在
一人一人寝袋に入って、それをマジックテープで止める――これが宇宙での就寝スタイルです。無重力ですから、床はもちろん壁に立ったままでも寝られて・・・常に浮いているような、水の中で寝ているような感覚です。宇宙船のコックピットでは、4畳半ぐらいのところに7人の乗組員が雑魚寝です。4畳半に7人!は最初「ちょっと狭苦しいな」と感じましたが、そこは無重力の世界。床・壁・天井と四方八方使えますから、結構広々と使えるものなんですね。ただ、夜中にふと目を覚ましたときに、思いがけないところに人の顔が浮かんで見えたりして、何度かギョッとしたことがあります。
鈍った味覚に少し濃い味で対抗します
3食とも宇宙食ですが、最近では種類が増えて、だいぶ美味しくなっています。ただ、宇宙空間では、味覚が少し鈍くなる傾向にあります。風邪を引いて鼻づまりになると、味の感じ方が鈍くなるかと思いますが、それと同じ。宇宙の場合、無重力なので体液が上の方にシフトしてしまうんです。足は細くなって、その分顔がむくんでパンパンに丸くなる――満月になぞらえて「ムーンフェイス」と呼んでいますが――何となく鼻づまりの状態というか、頭に血が上ったような状態になりがちなので、味覚は鈍くなってしまいます。だから味が濃いものとか、スパイスの効いたものが好まれますね。
宇宙では身長が伸びる?それとも縮む?
宇宙では、体の骨格、特に背骨が少し変形するんです。重力がなくなりますから。背骨と背骨の間隔が広がって、皆さん身長が2cmから5cmぐらい伸びます。私も3cmぐらい伸びました。反対に、骨密度が骨粗しょう症の患者さんの10倍の速さで減少していきます。筋肉、特に太ももの部分も、何も運動しなければ、寝たきりの人よりもさらに2倍速く減っていってしまいます。骨、筋肉は、宇宙にいるとどんどん弱くなってしまう。足は細く胴は伸びて、顔が丸くふくれて――宇宙人のイラストによく出てくる、頭デッカチの体型に近付いていくわけです。
手ではなく足で!?行儀が悪いですけど宇宙生活の知恵です
私たちは普段、足で歩いて、荷物を手で持ちます。でも、宇宙ではうまく歩けません。ついつい手で漕いでしまうのですが、いくら漕いでも進まない。手で宇宙船の壁を少しずつ押しながら進むんです。だから、手で荷物を持っていると邪魔になる――そこで、荷物を足に挟めば両手が自由に使えて便利なことに、だんだんと気づいてくるわけです。手で移動して、足で荷物を運ぶ――無重力だと手足の使い方もちょっと変わってきます。常識やものの見方が覆されてしまうというのは面白い体験です。ドアノブを回そうとすると、自分の体が回ってしまう。宇宙はやはり不思議な世界です。
宇宙での目まぐるしい1日
宇宙船は、地球を秒速8kmで回っています。90分で丸々地球を1周。だから宇宙船の中は、昼と夜が45分ごとに繰り返すという、あわただしい環境です。当然体のリズムが混乱するので、宇宙船の中でも1日は24時間と決めて生活しています。ただ、寝ている間も外の景色は明るかったり、木漏れ日が漏れてきたりと、生体リズムは少なからずストレスを受けるようです。ストレスへの治療に鍼灸を使うケースが多いと聞いていますが、宇宙はこうしていろいろな影響を受ける生活環境ですから、そういった特にストレスなどの部分に鍼灸が生かされる場面があるのかな?と期待しています。
地球を見上げて気づいたこと
宇宙で見る地球、昼間の地球は青く輝いていて、とても素敵です。宇宙に行く前、いろいろな写真を見て、「地球は青いんだろうな」とか、「きれいなんだろうな」とか、想像していたんです。そして漠然と、自分の足元に見えるものだと思っていました。飛行機に乗ったとき、地表が足元に見えるように――それが初めて宇宙ステーションの窓から見たとき、地球が自分の真上に輝いていたんですよね。すごくびっくりしたのを覚えています。宇宙に出て、一つの方向から物を見ることに慣れ過ぎてしまっているのかなと、そんなことを痛感した瞬間です。
 
山崎直子(やまさきなおこ)プロフィール

投稿 No.21 第9回 全国大会inおかやま「県民公開講座」公益社団法人 日本鍼灸師会 に最初に表示されました。

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No.20 本居宣長のコミュニケーション術 https://www.harikyu.or.jp/acupuncture/health-020/ Wed, 04 Mar 2020 12:36:16 +0000 https://www.harikyu.or.jp/wps89n/?post_type=service&p=1011 投稿 No.20 本居宣長のコミュニケーション術公益社団法人 日本鍼灸師会 に最初に表示されました。

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本居宣長記念館館長 吉田悦之 (本居宣長記念館はこちら)
文字は声(言葉)を書き写したもの。古くて難しそうな書物こそ音読を。
千三百年余りの歴史をもつ「式年遷宮」。二十年に一度、伊勢神宮のご神体がお住まいを遷される神事は、この十月に行われたばかり。日本古来の伝統文化が今も息づく“伊勢の国”にあって、三十三年の間「本居宣長記念館」に籍を置いて、宣長の功績を朝から晩まで許す限りの時間を使って調べてきました。類まれなる集中力で『古事記伝』を著し、それまで埋もれていた『古事記』に光を当てて、よみがえらせた宣長。その彼が生きた江戸の世は「今よりも多少面倒があっても、豊かな時間にあふれていたのではないか」…本居宣長を知れば知るほど、そう感じてなりません。
世の中すべてが文字で表現され、また記録されていくのが当たり前―でも、実はそうじゃない。今から千三百年前、時期的に「式年遷宮」と重なるのが面白いと思っているんですが、「大宝律令(日本最古の法律)」が制定されてからです、
日本が急速に文字の世界に入っていくのは。それよりも前、人のコミュニケーションは声、言葉が中心でした。記憶される時代が終わり記録の時代に入る、そうした文化の過渡期にあった〈記憶〉に、千年ののち、光を当てたのが本居宣長という人物です。日本最古の歴史書である『古事記』をつぶさに研究し、全四十四巻の注釈書『古事記伝』を書きあげ、『古事記』を世に送り出すきっかけを作った―まさに時空を超えた、超人的な偉業だと思いますね。
『古事記』も、その手引書となる『古事記伝』も、みなさん難しくて読めないとおっしゃる。昔の書物ですから、たしかに難解かもしれない。そこで問題にしていただきたいのは、「声に出しているか?」ということ。それまでの文化を考えればわかると思いますが、これはとても大事なことなんです。黙読されていたとしたら…まず、それがいけない。あれは、音読しないとダメです。音読して、“停滞”しないこと。黙読するとなぜダメなのかというと、分からないところで止まってしまう。意味が分かるまで読もうとする。これが、いけないんです。そして『古事記伝』で言えば、書き進める宣長の姿を思い描き、彼のリズミカルな思考に触れながら読もうとすれば、自然と音読になるはずで…それが宣長独特の“リズム”に乗るということなんです。宣長は、一日のかなりの時間を使って歩いています。この歩いている時間、つまり“動いている”時間が、彼にとって思考の時間。だから、その思考が躍動するのです。私たちは、本を開かないと、机に向かわないと学問ができないという。そうかもしれません…でも、宣長は違った。彼は頭の中に「素材」を全部入れて、つまり記憶して、それを検索し整理しながら歩いていた。だから、机に向かったら、すぐに書き始めることができたはずです。「さあ何を書こうか」と、机の前で考える必要なんてない。それが彼の“リズム”につながっていったのでしょう。思いついたことを“最短”で“最適”な文章にするため、宣長には歩く時間が必要だったのではないでしょうか。彼が六十四歳のとき、友だちに「私は還暦を過ぎても、痛い腰をさすりながら、朝から晩まで走り回っている」と書いています。これが宣長の実際の生涯だと思います。彼の文章は非常に具体的に書かれていて、読みやすく内容がよく分かる。「なぜ百姓一揆が起こるのか」「なぜ人が飢えるのか」「世の中ってどうあるべきなのか」ということが、平たく記されている。同じ江戸時代に書かれた本と読み比べてみれば、断然宣長の方が読みやすいはずです。それはなぜか。宣長の設定した“テーマ”が、このように具体的であること―でも、それだけではないと思うんです。やっぱり“リズミカル”という部分が影響している。そして、机には向かわず、動き回りながら考えをめぐらせていることで、思考自体がとてもなめらか―これこそが、そのリズミカルな文章の秘訣なのだと思います。
今、パソコンを使い過ぎたりすると、文字が書けなくなる。本当に漢字を忘れたりする。メールばかりで、「会話ができなくなる」というのも、よく聞く話です。文章を書くような仕事をしていると、文章がダメになってしまうというか…無駄ばかり多くて、しまりのない文章になってしまう。それは“コピペ”、つまり文章を簡単に“切り貼り”していくから、メリハリがなくなってしまうのでしょう。
こうなってくると、千三百年前に日本人が体験したことと同じことが、今起こっているんじゃないか。長い言葉の時代を終えて、文字の時代に入っていったときに体験したことと同じような大きな変革期に、今、差しかかっているんじゃないか―そう思います。もちろん文字にはすばらしい利点がたくさんあります。学問だって、そもそも文字がなかったら成立しないものですよ。だから、文字というものがあって初めて豊かな生活というか、知的な活動もできることは事実なんですけど、ただ、その代償もやっぱり大きい。そのことに敏感に反応したのが、宣長ではないか。文字というものを選んで、便利な生活になったときに、失ったものの大きさ。つまり、言葉がもたらしてくれた大切なものに気づいたのが、宣長という人の学問ではなかったかと、あらためて感じます。そして、その大切なもののひとつに、「時間」があるのではないかと思うんです。
写真提供:本居宣長記念館
本居宣長(1730~1801)
18世紀最大の日本古典研究家。伊勢国松坂(三重県松阪市)の人。木綿商の家に生まれるが、医者となる。医業の傍ら『源氏物語』などことばや日本古典を講義し、また現存する日本最古の歴史書『古事記』を研究し、35年をかけて『古事記伝』44巻を執筆。
例えばこの(記念館の)二階に、宣長の雑記帳というか備忘録が展示してあります。そこに「八月二十四日の手紙が十一月に届いた」と書いてある。どこからの手紙かというと、九州の熊本からです。つまり手紙が届くのに、二カ月以上かかっているわけです。この二カ月という“時間”が、とても重要なのだと思っています。
江戸(東京)と松坂との間には、四百三十キロという距離があります。宣長の時代、この四百三十キロという距離が生む“時間”、“間”というものが、とても重要な働きをする。それはどういうことか。宣長の先生である賀茂真淵はよく怒ったそうです。でも真淵は江戸に居る。今ならメールで一言「ばかやろう」で済みますが、手紙ではそう簡単にはいきません。まず、時候の挨拶から入って、それから「この前の手紙は大変不愉快である」「今後一切、返事は書かない」という風に綴らなきゃいけない。それが手紙の作法というものです。手数も多くて、手間もかかる。で、どうなるか。江戸で手を振り上げても、四百三十キロ離れた松坂に届く間には、おだやかな文言になってしまうわけです。手紙を書くことで、書き手の気持ちは和らげられるのです…。
今でも似たようなことがあります。学生が、親元から離れた所で生活していると、子どもが無茶苦茶なことをしていても、怒るに怒れない。それが“距離”というものです。ところが、最近では、至るところで距離がなくなってきていますよね。手紙もそう。インターネットやメールに情報を伝える、メッセージを伝えるための座を奪われ、「書簡」という文化も消えつつあります。距離が“消えて”しまったことで、気持ちや文章の熟成する時間がなくなった。それがかえって「気持ちが伝わりやすいんじゃないか」「ストレートに伝わるんじゃないか」…そうじゃない、逆です。手紙を書くという行為には、たとえ三十分でも一時間でも“考える時間”というものがある。半月かかるときだってある。ときに「作法=形式」というものがなくなってしまうことで、思ってもいない、本心でない言葉が出てしまう場合もあるわけです。文章読本にあるような「一晩おいて読み返す」ようなことが、宣長の時代ではごく普通のことだった…どちらの時代が豊かであるのか、よくは分かりませんけど。
千三百年前に迎えた大きな転換期と同じことが、今、起きているのかもしれない。
言葉から文字の文化へ。その過程で失われたものが何であったのか、それを知る絶好の機会とも言える。
体が健康なら良い言葉も出てくるし、怒っていれば言葉が荒くもなるし、おだやかならば言葉も優しくなる。体の状態によって、人の言葉が変わるのは間違いありません。しかし、宣長は、「姿は似せ難く、意は似せ易し」と言っています。つまり、逆。言葉が整えば、体の中は整うと言うんです。心の中を整えるのは難しいけど、言葉を飾るのはちっとも難しくない―私たちは、そう思ってしまいますが、実は逆なんだということを言っています。そして、「辛かったことや悲しかったことは、言葉にして人に聞いてもらうことで減っていく」とも。
「気の毒だったね、かわいそうだったね」と理解してもらうことで、人間の悲しみというのは、少しずつ癒えていくものなんです。反対に喜びというのは、倍々に増えていくと。つまり、うれしいことはどんどん膨れていく。人に話して「おお、すごいじゃない、良かったね」と言われれば、うれしい気持ちが大きくなっていく。ここに歌であるとか、あるいは物語というものが生まれる源泉があると考えています。そういう素直な気持ちを表現することで言葉には力が宿る…。
うつくしい日本語が、きれいな心身をつくる。
内面に言葉の力を宿して、品のある人生を過ごしていけたら良いと思う。
宣長の言葉を借りれば、言葉が廃れたら心が滅びるわけですから…心だけが残ればいいというのは嘘で、言葉が廃れることによって、心も無くなってしまう。つまり、メールでも何でも、伝える言葉が貧しくなればなるほど、心はそれ以上にもっともっと崩れていってしまう、そういうことなんだろうと思います。だから、一言、一言を真剣に選び、言葉を紡いでいく必要があるんです。言葉や文字がきちんとすれば、自然と心がしゃんとしてくる。何となく分かるような気がしませんか?
今の時代、うまく言葉が、日本語が残っていくかなと、ちょっと心配になるところがあります。宣長が現在を生きていたとしたら、どう思われるか。これだけメールが普及してくると…彼をしても、もう打つ手はないんじゃないかとも思いますけど(笑)。いや、もしかしたら彼のことだから、うまい解決法を見つけ出すかもしれませんね。
若い人たちが「コレ、かっこいい」と感じてくれて、何かを真似してくれたらいいと願っています。ただ…一言、二言の短い言葉には敏感でも、文章そのものに対して「かっこいい!」という反応が、なかなか出てこない。いい文章なり詩なり、そういうものを学校で暗唱させるなりして、感性を磨いていくのが良いんじゃないかと思いますね。若くても上品で洒落た文章を書ける人がどんどん現れてきたら…素敵なことじゃないですか。
『玉くしげ』の中に書いてありますが、世の中には良い神様と悪い神様がいて、その二人が交互に…「禍福はあざなえる縄のごとし」と同じことです。良いことがあったら、悪いこともある。そこで、「心配しなくても最後は必ず良くなっていく」というのが、宣長の世界観です。彼に言わせれば「悪いときもあれば良いときもある」ということなんだけど、どうもそうではなくて…今は、どんどん悪くなる一方じゃないかと。第一に、国を代表する立場の人の言葉使いが悪くなってきている。言葉にも重みがまったくないですよね。若い人に“示し”がつかない。これでは宣長さんだって叱るはずです。私たちも、まずは先輩諸氏の一人として、よどみなく流れるように日本語を話し、書くように心がけたいものです。
 
本居宣長記念館
公益財団法人鈴屋遺蹟保存会が運営管理する登録博物館。江戸時代の国学者・本居宣長の旧宅「鈴屋」を管理して公開し、展示室では『古事記伝』などの自筆稿本類や遺品、自画像などを公開。また関連資料の収集や、宣長に関する調査や研究も行っている。
住所:〒515-0073 三重県松阪市殿町1536-7 電話:0598-21-0312
開館時間:午前9時00分~午後4時30分 休館日:月曜日・年末年始
入館料:本居宣長記念館・旧宅(共通) 大人400円/大学生300円/子供(小学4年から高校生)200円 ※団体・身障者割引有り
ホームページ:http://www.norinagakinenkan.com

投稿 No.20 本居宣長のコミュニケーション術公益社団法人 日本鍼灸師会 に最初に表示されました。

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No.19 【後編】いつまでも元気でいたい~“超”高齢化社会を明るく乗り切るために、鍼灸師ができること https://www.harikyu.or.jp/acupuncture/health-019/ Wed, 04 Mar 2020 12:35:31 +0000 https://www.harikyu.or.jp/wps89n/?post_type=service&p=1010 投稿 No.19 【後編】いつまでも元気でいたい~“超”高齢化社会を明るく乗り切るために、鍼灸師ができること公益社団法人 日本鍼灸師会 に最初に表示されました。

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「介護保険制度の中に鍼灸師を!」の思いから始まった『介護予防運動指導員養成講座』。その甲斐あって、加速する高齢化社会の中で、介護の“いろは”を知る鍼灸師が全国で900人以上誕生し、介護に対する意識も変わってきたといいます。介護や介護予防の知識から高齢者への思いやりも生まれ、医療とは違う、温かな“支え”ができることに気づき始めた――たとえば「介護予防のために、高齢者の方ができる運動は何か」とか、「認知症の予防には“小児鍼”がいい」というのも、こうしたながれの中で生まれてきました。
誰にも訪れる「老い」という現象。そして、介護という現実・・・避けては通れない“超”高齢化社会に、“介護予防”というヒカリを差し込もうと奮闘する介護予防主任運動指導員がいます。今回の後編では、鍼灸の、そして医療の未来やアイデアを、みなさんに披露していただこうと思います。
座談会参加者
・村上由佳氏(元花園大学社会福祉学部非常勤講師・介護予防主任運動指導員)
・吉村春生氏(介護予防主任運動指導員)
・永澤充子氏(介護予防主任運動指導員)
・髙田常雄氏(日本鍼灸師会介護予防委員長・介護予防主任運動指導員)
・松浦正人氏(日本鍼灸師会介護予防副委員長・介護予防主任運動指導員)
『介護予防鍼灸師』という名の希望
「認知症にもいいんですよと・・・それで鍼は刺さない、痛くない、熱くない、気持ちがいいということであれば、行ってみようかなという気持ちにもなるでしょう (吉村)」
現在、認知症の方は300万人を突破したと言われています。高齢者65 歳以上の人も3,000万人突破したと言われ、日本は文字どおり“超”高齢化社会を迎えています。
吉村
10人に1人が認知症という時代。それを鍼灸が予防できるということ。このことが鍼灸師が行政と手を組んで一般のみなさんへと広まれば一番いい。鍼灸が社会に取り上げられていく可能性も大きいと思います。認知症予防と高齢者の介護予防を組み合わせる――高齢者の運動をサポートして認知症の対策もできれば、最強の介護予防になるわけじゃないですか。
日本鍼灸師会で、ぜひともやっていきたいですね。そうすれば「介護予防運動指導員、やってみようかな」という人も出てくるだろうし――
吉村
たとえば「介護予防鍼灸院」みたいなことでやっていける可能性も出てくるわけじゃないですか。時間的にも、小児鍼とかなら10~15分ぐらいでできますから、患者のみなさんにもあまり負担がかからないと思いますので実現可能かと思いますよ。最終的には制度に組込まれることを夢見ています。
日本鍼灸師会の会員は、みんな介護予防ができるという体制に持っていけるぐらいにしたいですね。
吉村
今まで治療に来ていた人も、認知症にもいいんですよと聞けば、「だったら毎週来ようかな」という気持ちにもなるし、「認知症を改善しています」みたいなことをアピールしていけば、患者さんと鍼灸師との新しい関係もできてくるかなと。それで痛くない、熱くない、気持ちがいいということであれば、これまで敬遠していた人たちも、「じゃあ、行ってみようかな」となるかもしれない。
松浦
そこにプラスして・・・小児鍼やりながら、お話するとかカウンセリングをするとか。それなりの知識があって、介護福祉士や看護師の皆さんと話がちゃんとできるとか、いろいろな人と連携ができるようになっていかないといけないでしょう。
吉村
介護に関わっていく以上は、介護保険の知識を持っていないと。「鍼はいいから」という、昔ながらの古典的なことも必要ですが、それで話をズンズン進めていくと、理解してもらえない部分もある。そのあたりに介護保険の中で話ができる共通の知識が必要になります。最終的には、日本鍼灸師会で「介護予防鍼灸師」みたいな認定制度を作ってやれたら、一番良いのだろうと思いますし、ひとつの希望としてあります。
松浦
それを考えると、ドクターや他職種の医療関係者と同じような言語で話せないと、まずいんですよ。その点、介護予防の知識はとても役に立つ。そういう意味でも有意義な講座なんです。これ、すごく大事だと思うんですよ。
介護予防に向き合う姿勢
「元気な人を増やしたいという鍼灸師さんの純粋な気持ちが強いから、これだけたくさん来られるのではないかと思って (村上)」
村上
イイお話に水を差してしまいそうですけど・・・ちょっと嫌らしい話をしてもいいですか?「介護予防、介護予防って、介護の必要な人が減ったら、仕事が無くなるじゃないか!」と言われたことがあるんです、介護福祉士に・・・。すごく残念な言葉だと思うんです。要介護の人が増えれば、仕事もたくさん増えるし・・・という考え方は、ちょっと悲しいなと。そこが、鍼灸師さんたちと目の付け所が違うところだなって。。
松浦
元気になってもらうことは、社会に貢献するということだから・・・鍼灸師になるとき、「治したい!」という強い思いを持っているからじゃないかな?
村上
介護福祉士の人って、介護予防の講座にほとんど出て来ないんですよ。まず、そこが違う。先生方はそうではなくて、ちょっとでも元気な人が増えてくれたらという気持ちがおありなので。そういう気持ちがあるからこそ、来られるんだなぁと思っていて・・・。
松浦
そういう気持ちだけではないと思いますよ。高齢化社会になっているということは、高齢者がもう増えているという意味だから、介護が必要になっている人も増えている。そうすると、それを予防するということが、非常に大事になってくるのは確かで、それを感じているんだと思いますよ。
村上
介護予防に興味を持っておられて、何とか元気な高齢者を増やしていきたいという鍼灸師さんの純粋な気持ちが強いから、これだけたくさん来られるのではないかと思っているところで・・・これは先生、本当ですよ!
松浦
予防して自立した生活を過ごしたいと思っている人は、たくさん居るはずなんです。そこにタッチできるという意味で、「介護予防+鍼灸」のコラボは、素晴らしい試みだと。僕はそう思っているんですけどね。
鍼灸師が介護予防というのは、ピンとこない。たとえば整骨院と鍼灸院があったら、とりあえず整骨院に行って低周波治療などをしてもらって、それでも治らなかったら、鍼灸治療をしてもらおう――そういう人が多いと聞きます。
村上
そうですね。低周波治療などでも張りが治らないのだったら、鍼を刺してもらったら治るんじゃないか・・・そういうイメージがすごく強くあります。だから、運動して筋肉が張っている状態で鍼をすると、これだけ張りが改善しますというものがあれば、すごくわかりやすいと思います。
“わかりやすい”と言えば、介護サービスには「第三者評価」というのがあるそうですね。そこに「どれだけ施設が地域に開かれているか」を、チェックする項目があると聞きましたが。
村上
それこそ介護に対する講演会をやっているかとか、介護の相談について広く門扉を開けているかみたいなことを、最近すごく重要視していますね。鍼灸院も同じだと思うんです。どれだけ開かれているかという点では。
閉ざされていれば、症状がつらいときしか行きません。でも、ちょっとしたことでも開放的に診てもらえるようだったら・・・きっと違うはずですね。
村上
そうした目で見ていくと・・・せっかく介護予防の勉強をされているわけですから、介護予防の何ができますとか、それこそスーパーの1階でテントを張って、「ちょっとこんなのやっています」「ようこそ介護相談へ」みたいなのも、アリじゃないでしょうか。そして、「気になられる方は、『介護予防運動指導員』の講座を修了した、この鍼灸院へどうぞ」というのも、イイ方法なんじゃないかと思います。
元気なときからずっと診てくれる先生
「老化に対して、薬は無いわけ。ドクターも「この薬を飲んだら老化が止まりますよ」なんてことは無いわけだから、困っているわけですよ (松浦)」
普通は悪くなって、あっちこっち回ってから鍼灸院へ来る方が多いようですけど、その前から診させていただくようなことも必要になる?
村上
鍼や灸だけじゃなくて・・・よろず相談事ではないですけど。健康の一般的なことって、病院だとちょっと敷居が高いと思うんですよ。だから、いつでも気軽に行けて、ちょっとした健康に関する話が訊けたり教えてもらえたりできるとなれば、敷居はかなり低くなりますよね。普段から行けるんだって、そういうイメージがあれば・・・すごくイイと思います。
松浦
病気ではなく老化そのものが原因で具合の悪くなる人が多いというのも、わかっているわけだし。老化に対して何ができるか。アンチエイジングの考え方から、栄養と運動に社会参加だったり・・・そういうところへ、鍼灸をどう組み込んでいくかが問題。たとえば鍼灸と運動と栄養と・・・この3つでやれば、立派な、ちょっと言い方が悪いけど統合医療になる(笑)。気の利いた、良い先生になれるんじゃないかと思いますね。
老年症候群に対する症状の緩和を目指して、そこに“普段から”を足していけると良いかもしれないですね。
松浦
“治療”は大切ですが、老年症候群に対して“症状の緩和”をしてQOLの維持・向上を目指すという方向なら、鍼灸師はタッチできる。老化に対して、薬は無いんだから。ドクターもこの薬を飲んだら老化が止まりますよということは無いわけで・・・だから、困っているわけですよ。そこに、「普段から鍼灸」がマッチする。
明日の鍼灸~夢
「おやじがやっている鍼灸っていいんだなって思わせるようなことをやらないと、僕らはダメだ (髙田)」
統合医療というのは、どうやら一つの療法だけでやるよりも、効果が見込まれる複数の療法をミックスした方が有効だということがわかったと、本にも書いてあります。
松浦
鍼灸院の中で、何も鍼や灸だけにこだわる必要はない。運動を採り入れてもかまわないわけだし、栄養のアドバイスをしたって別におかしくない。そういうことが必要とされる時代になってきている――そういうことじゃないですか。
『介護予防運動指導員』の話は・・・そのひとつとも言えるわけですね。
松浦
鍼灸だけでやろうという考えは、もう変えなきゃいけないと思うんですよ。たとえば“鍼灸とヨガ”とか・・・何でもいいんですよ。瞑想でも、ハーブでも、そういうものでもいいです、それってみんな統合医療の枠に入っているわけだから。
永澤
今日の最初に話題になった小児鍼は、吉村先生と私の地元“大阪”では、とても盛んです。小児鍼は認知症の予防になるといって・・・。私もそうですが以前から多くの鍼灸師が実践してきました。吉村先生がそれを介護予防に結びつけたことは画期的なことです。これを統計的にも意義あるものにできるようにデータを集めたいですね。「鍼灸で認知症を改善」「認知症予防に取り組む鍼灸師」などのキャッチフレーズで一般の方々の認知度をアップするとともに、日本鍼灸師会の会員は、老年の患者さんに普段の治療にプラスして、認知症予防の小児鍼を行うようなことを展開したいものですね。
介護予防を始めて、いわゆるドクターの見方も変わったし、世の中もちょっと変わってきた・・・ただ、「ケアマネジャー」は全国的にも知られているのに、この分野で「鍼灸師」はあまり知られていないのも事実です。
髙田
これから私たちは、後輩たちが胸を張っていける道とか・・・レールというと大げさだけど、道標みたいなものを作っていくべきなんだと思う。
松浦
道?道標って・・・どんな?
髙田
今、必死に勉強している人とか、これから鍼灸の世界に出てこようとしている人たちに、夢を与えるような仕事というか・・・鍼灸っていいんだな、おやじがやっている鍼灸っていいんだなって思わせるような、そんなことかな。
自分たちの選んだ仕事はいいんだということを、自信を持って言えて、後に続く若い後輩にもやっぱりいいんだなと思ってもらう――そういうことなんですね。
髙田
自分たちのやってきたこととか、やっていることよりも、若い人たちが食い付いて、これで食べていけそうだなと自信を与えてやる。ちょっと気恥ずかしいけど・・・“夢”を与えてやらないとダメだと思うんです。ただ、こうした夢があれば、時間はかかっても、この世界は伸びると信じています。
食事をとりながら、“仲間同士”の語らい・・・美味しい料理も手伝って、介護予防に向けた斬新なイメージ&アイデアが止まらない“3時間トーク”になりました。
いつも自分のことを気にしてくれて、ちょっとしたカラダの変化にも気づいてくれる。そして、何か悩みごとがあれば話を聞いてくれて、老いないカラダの作り方を教えてくれる――すぐそこの未来には、こうしたことを“売り”にした『介護予防鍼灸師』なんて肩書きがあちこちに見られるようになるかもしれませんね。そうしたら・・・日本の超高齢化社会も、元気いっぱいになるような気がします。みなさんに頼りにされる『介護予防鍼灸師』は、きっと胸を張れる、ステキな仕事になると思います。
指導員のみなさん、本日は長い時間にわたり、どうもありがとうございました。

投稿 No.19 【後編】いつまでも元気でいたい~“超”高齢化社会を明るく乗り切るために、鍼灸師ができること公益社団法人 日本鍼灸師会 に最初に表示されました。

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No.18 【前編】いつまでも元気でいたい~“超”高齢化社会を明るく乗り切るために、鍼灸師ができること https://www.harikyu.or.jp/acupuncture/health-018/ Wed, 04 Mar 2020 12:31:10 +0000 https://www.harikyu.or.jp/wps89n/?post_type=service&p=1009 投稿 No.18 【前編】いつまでも元気でいたい~“超”高齢化社会を明るく乗り切るために、鍼灸師ができること公益社団法人 日本鍼灸師会 に最初に表示されました。

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「鍼灸師を介護保険の枠組みに」という志(こころざし)のもと、平成17年から取り組まれてきた『介護予防運動指導員養成講座』も、25回を数えています。今回、その講師の方々5名をお招きして、広く介護予防のお話をうかがいました。
円卓を囲み和やかな雰囲気のなか、講座を始めたきっかけから鍼灸師の夢!?まで、たくさんお話しいただいて・・・とても、今号だけでは紹介しきれないほどです。そこで、『けんこう定期便』としては初めて、前後編の2回掲載にしてみました。
意外にも知られていないことの多い”介護”。いたずらに暗い気持ちになるのではなくて、明るく立ち向かう――その、ちょっとしたヒントを見つけてもらえればうれしいですね。
座談会参加者
・村上由佳氏(元花園大学社会福祉学部非常勤講師・介護予防主任運動指導員)
・吉村春生氏(介護予防主任運動指導員)
・永澤充子氏(介護予防主任運動指導員)
・髙田常雄氏(日本鍼灸師会介護予防委員長・介護予防主任運動指導員)
・松浦正人氏(日本鍼灸師会介護予防副委員長・介護予防主任運動指導員)
鍼灸の世界と介護の世界と
「いつかどこかで使おうと勉強している人は、やっぱり応援したくなりますよ(髙田)」
まずは、日本鍼灸師会が『介護予防運動指導員養成講座』を始められたいきさつから、お聞かせください。
髙田
平成15年の”介護報酬見直し”をきっかけに、「介護保険制度の中に鍼灸師を!」と意気込んで・・・まずは、「介護予防運動指導員を養成する講座」をやろうとなりました。
永澤
もう8年経つんですね。とても早い気がします。
髙田
これまでに25回やらせていただきました。900名以上の人たちが勉強している計算です。でも、実際には使ってない人がほとんど。「何のために受けたの?」と訊くと、「知識のため」と言う。勉強して知識とは・・・ずいぶん鍼灸師らしい回答ですよ。
吉村
簡単なことでも、説明を聞いてからじゃないと、納得してできない人も多い。どう判断するんだというのも、十分理解しないと困る部分もあるので・・・そういう意味で、知識を得るということは、必要なんだろうと思います。
髙田
確かにそのとおりだけど・・・「なんで生かさないの?」と尋ねると、「必要がないから」と思っている人がいる・・・これが残念でたまらない。もちろん「生かし方がわからない」とか「いつかどこかで使うんだ」と思って勉強している人もたくさんいます。こうした人たちは、やっぱり応援したくなりますよね。
「鍼灸師さんだからこそ、痛みの緩和とかができる。だから、生かす場面はたくさんあると思う(村上)」
村上
すみません、ちょっと割り込んでもいいですか?鍼灸師じゃない私が、実際に介護予防をやっていますけど――いつも講座の中で言わせてもらうのですが――やっぱり鍼灸師さんだからこその部分って、ありますよね。痛みの緩和とかができるというのは、すごい武器だと思います。だから、生かす場面はたくさんあると思うんです。
松浦
講座を受けた鍼灸師ではない人が、話してくれたことがありました。「鍼灸師と介護予防っていうのは、まったく結び付かなかった」と。そして「お金を出して講座に行って、本当にいいものかどうか非常に迷った」と(笑)。普通に考えるとそうなりますよね。
村上
そこをどうするか、ですね。介護福祉士の立場では、何かしてさしあげても痛みが出てしまうことを考えると・・・やっぱり怖い。だから、そこでやめてしまおうかと思ってしまう。でも、医療の知識をお持ちである鍼灸師さんなら、介護予防がすごくうまくいくじゃないかって、そこが強みなんじゃないかって。
8年の間に講師も受講者も、ともに少しずつ変わってきているとか。今では「高齢者を診ずして、鍼灸を語ること無かれ」と。その背景には、日本が迎えている”超”高齢化社会があるようです。
高田
はじめは「鍼灸をいかに介護保険の中に入れていくか」が目的だった―― で、実際やっていくうちに、鍼灸が入るというよりも、講座が現在の鍼灸師にとって必要なものだと強く感じ変化してきました。みんなに覚えてもらいたい、そしてこれからの鍼灸師全員に覚えてもらいたいというのが、今、一番強く思うところです。そういう意識に変わってきたんです。
松浦
高齢者が増える。介護が必要になる人も、今からどんどん増える。だから、それを予防して元気に過ごしたい人たちは、いっぱいいるはず。そう考えると、「介護予防は非常に大事なんだ」と鍼灸師が意識しないと、今の髙田先生の話も始まっていかないんですよ。
高田
日本の社会が高齢化に向かっているのは、みんなわかっていることだし、関東近県なんか、人口こそ他県より減らないけど、高齢者の割合はぐっと増えるわけでしょ。そうしたら、高齢者は診ないで、今までの患者さんだけを診るというわけにはいかないはずです。高齢者の認知的なことにしたって、自分の患者さんが認知症になることもあるだろうし、家族の中でもなっている人がいるかもしれない。だから、介護予防的な治療法が必要になってくるはずなんです。
「勉強して良かったと言う若い先生が、何人もいます。結局はそういうもの、良いことなんです(松浦)」
松浦
高齢者に対しては、高齢者特有の性質や老年症候群の情報を知っていてアドバイスすると、とても効き目がある。別に自分で筋力運動していなくても、知識として知っているだけで十分。それを教えてあげる。
村上
患者さんとして診るのと運動指導というのは、もちろん違いがありますけど・・・医療の方に診ていただいているという安心感。そして、何かあったときでもいつでも助けてもらえる”安心感”の近くで運動を続けられるということは、介護利用者さんにとってもプラスになるし、とても重要な部分じゃないかなと思いますけど・・・。
松浦
この前、山口県で講座をやっていたときのことです。講座の途中にもかかわらず、自分の患者さんに覚えたての介護予防の話をしたら、すごく喜んでくれたと。やっぱり勉強して良かったということを話す若い先生が、何人もいました。結局はそういうものなんですよ。
村上
イイ話じゃないですか!そういう若い先生たちにこそ、たくさん介護のことを知ってもらえるといいかなと思います。講座のときも、私、いつも力が入ってしまうんですが、やはりそういうことを知っていただいて・・・どんどんご活躍いただきたいと思っています。
介護予防と運動のいい関係
「介護予防には、私は鍼灸師が向いているというか、強いと思います(永澤)」
永澤
たとえば「膝関節症」なんて、鍼灸がとてもいいんですよね。5~6年整形外科に通っても治らなかった人が、鍼灸で良くなったり・・・。ただ、一時的に痛みが取れても、そのままにしているとダメ。痛みをぶり返さないようするには、やっぱり運動なんです。
松浦
たしかに運動はいい。でも、自分一人でやるとなると・・・続かないと思いますよ。だから、指導する人がどうしても必要・・・そう思っています。
永澤
永澤氏「歩くのが基本」と、よく言っているんです。一つ手前の駅で降りて歩いてみるとか。もちろん運動指導もやっています・・・「こんな風にするんですよ」と基本を見せながら、待合室にいる間にやってもらったりしています。90歳を超えている人も、だいたい週に2回以上のトレーニングで下肢の筋力が強くなって歩行能力がアップしますから、人間ってすごいですね。
村上
「こういう運動すればいいよ」と言ってもらえるのは、すごくイイですよね。そのとき、「あっ、この先生って普通のお医者さんと違うんだ」という気持ちが生まれて・・・。みなさん年を取って悪くなっていきますから・・・「さて、どこへ行こうか?」となったときに、良くしていただいたところへ行くのが心情と思います。
永澤
そういうことを考えると、やっぱり介護予防って、それで終わるんじゃなくて、運動してもらって、それも理に適った運動をしてもらって、痛みは鍼灸で取るという形。介護予防を推進するのは理学療法士よりも鍼灸師の方が向いているというか、強いと思います。
「高齢者であれば、高齢者向けの運動ができないと・・・。そういうこともアドバイスできるのが、介護予防運動指導員の良いところ。(松浦)」
松浦
ただ、鍼灸院に来る患者さんは、運動が必要だけど自分ではできないという人が多い。これを忘れちゃいけないと思う。
永澤
そうかぁ・・・そういう場面も多くなりますよね。たとえば「変形性膝関節症」は、大腿の内側筋が弱っているからO脚になりやすい。脚の内側筋を鍛える運動がいいですよと説明して、その人のレベルでできることを指導するのが大事ですね。
松浦
そう、したくてもできない。高齢者であれば、高齢者向けの運動じゃないと・・・若い人ではないんだから。そういうこともアドバイスできるのが、介護予防運動指導員ですよ。だって、高齢者向けの運動方法や高齢者の自立や健康余命を邪魔する「老年症候群対策」をしっかりと把握しているんだから。それこそ知識があって、すごくプラスになっているところ。良い点だと思うんです。
運動したくてもできない高齢者の方には、何か妙薬があるそうですけど?
松浦
認知症には脳内の循環改善や神経伝達物質に関与する薬がありますよね?それはそれで良いんでしょうけど、薬にはデメリットもあります。じゃあデメリットを抑えながら同じような効果を期待するのであれば、何がいいのか。運動すればいい・・・。これが散歩を含めて歩行が奨励される理由ですよね。でも、寝たきりの人は運動できないわけだから、運動できない人に対しては何をするかというと・・・「さすればいいじゃないか」と。
東京都老人総合研究所の堀田先生のお話ですね。
松浦
脳内の循環が良くなって、脳の中にアセチルコリンがいっぱいできるから良いんだと。で、「さするのが一番ですか?」と訊いたら、「鍼も良いです」というお話でしたね。
鍼は接触するだけの小児鍼ではなくて、刺す鍼なんですか?
松浦
そうです。さする刺激と刺す刺激とは違うから、刺す刺激のほうが短時間で効果が出る可能性があるそうです。
小児鍼にも、カラダを活性化させることが期待できるという話もあるようですけど。
吉村
認知症では、「徘徊、介護拒否、攻撃性、意欲の低下」といった問題行動の発生が大きな懸念になっています。問題行動の発生メカニズムを考えたとき、子どもの「疳の虫」とよく似ている発想から認知症の方への治療を始めたのが7年半前。そのうちに医師からも「疳の虫の漢方薬を使って周辺症状が改善する」という発表が出てきて・・・着眼点は間違っていなかったと自信を持って続けてきたわけです。回数は優に5,000回を超えます。再現性が非常に高いのも利点ですね。
松浦
ただ、投薬が脳内の循環を良くすることを「100」とすると、小児鍼の刺激はどのぐらいなのか?「10」なのか、「5」なのか。それでも副作用が無い、デメリットが無いから、これはいいですよという説明はできる。そういうことをちゃんと知った上でないと、ただ単に鍼がいい、鍼がいいといっても、それは相手にされないかもしれない。
吉村
前後のアフターケアみたいなものも含めて、鍼灸をするとより効果があったり・・・疲労が残らず、すぐに再施術できるという点も、貢献できる部分ではないかと考えています。その辺のところもデータが取れるのであれば、取っていくべきだと思います。
老人は”愛すべき”子どもに似ている!?
年齢を重ねると、子どもに返るとよく言います。やっぱり子どものストレスも、年配の方のストレスも、結局はよく似た症状なんですね。
吉村
小児鍼は皮膚に刺さないから、安心安全で、怖くない。おまけに気持ちがいいというところをアピールしていけば、鍼を受けたことがない人でも、「熱い」「痛い」「怖い」のイメージから脱却して、「ちょっとやってみようかな」という人が出てくると思います。治療ではなく、予防として新しい分野に鍼灸師がかかわっていく--そうした道が拓けるとも考えています。
ただ、認知症そのものは、老化によるものというところで、治るものではないと思われていますが・・・。
吉村
座談会風景「記憶の喪失」といった中核症状については治るものではないかもしれませんが、一番問題になっている周辺症状に効果があるということは、認知症ケアマネジメントに強い影響を与えることができるものです。精神的にも安定され、仮面みたいに無表情な人でもニコッと笑ったり、風呂に入るのを嫌がる人でも、すっとお風呂に行かれたり、好きな歌を歌いだしたり、踊り始めたりする人もいます。直後効果もあり、問題行動を抑えられるというのが、実感としてあります。
松浦
何かを治すというよりも、生活をする上で具合の良くない症状を改善する。”生活の質”を維持・向上する手助けをする--治療は、ドクターにお任せでいいのでは?と。老化そのものによって具合が悪くなる老年症候群の人たちに対して、症状を緩和させるには、何かの刺激が必要だと。それが鍼ではなくて走ることかもしれないし、散歩することかもしれないけど。そういう方向に考えて、鍼灸師として「地域に貢献する」とした方がいいのではと思います。
吉村
疳の虫の小児鍼を使って、認知症を予防する――認知症の人にも、まだ認知症になっていない方の予防にも、「小児鍼で状況が良くなる」というところまで持っていきたいですね。小児鍼のメッカである大阪が中心になって、データも集めながら介護予防の有効な手法として確立し、広めていきたいと思います。特に認知症予防に介護予防運動と組み合わせて展開できないかと考えています。”介護予防鍼灸院”ができるようになればいいですね。
大人に小児鍼を――そういう輪を広めていって、高齢化社会に立ち向かう。そうすることで”生活の質”も向上していくのだろうと思います。”認知症予防に小児鍼”なんてネーミングも面白いですよね。これから「介護予防+鍼灸」のコラボレーションが、どんな花を咲かせようとしているのか。そして、患者のみなさんを診ている鍼灸師たちは、どこへ進んでいくのか――次号でたっぷりとお伝えします。どうぞお楽しみに!

投稿 No.18 【前編】いつまでも元気でいたい~“超”高齢化社会を明るく乗り切るために、鍼灸師ができること公益社団法人 日本鍼灸師会 に最初に表示されました。

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